焼津市は、静岡県のほぼ中央に位置し、静岡市に隣接している東海道線沿線の地方都市である。当病院は、焼津市唯一の公立病院としてその医療圏は焼津市人口約14万人とその周辺も含めた範囲であり、一次、二次救急を担当しており、様々な疾患を持つ患者が受診する急性期病院である。
当院には基幹型臨床研修病院の初期研修医が毎年10名前後採用されているほか、東京大学、浜松医科大学、山梨大学とのたすき掛けで、研修医が初期研修を行っている。基幹型臨床研修病院として、参加する研修医は北海道から九州まで全国の大学卒業生が集まるが、初期研修後に引き続き当院での後期研修を希望する内科医や、新たに当院での後期研修を希望する内科医は必ずしも多くなかった。しかし、最近の総合診療内科の充実により、当院で初期研修をした医師の中から、令和4年度、5年度ともそれぞれ一名が当院の内科プログラムを選択して総合内科主体の専攻医を希望してくれた。
この原稿を執筆する機会に、病院における総合診療内科の役割や、臨床研修における総合診療内科の必要性などを整理し、研修医にとってより魅力的な総合診療内科となるための方向を考えたい。
1.焼津市立総合病院の医師確保の状況
静岡県は、昔から医師不足といわれている県であり、平成30年末における本県の医療施設従事医師数は7,690人で、人口10万人当たりの医療施設従事医師数は210.2人と、全国平均の246.7
人より36.5人下回っており、全国40位である(静岡県ホームページより)。
さらに、医師は静岡市や浜松市の規模の大きな総合病院に集中し、医師の偏在もみられている。この傾向は専攻医でも同様で、静岡市や浜松市などでの研修を希望する傾向にある。
当院の医師は、外科系は地元や関東の大学医局からの応援を得てこれまでも充実してきた。それに対して内科系は、大学医局の応援を受けてはいるが、足りない状況で推移してきた。内科部門は、以前は一般内科のみであったものが、内科の専門分化の流れの中で昭和58年度に各専門分野に分かれ、消化器内科、循環器内科、呼吸器内科、血液内科、代謝内分泌内科、脳神経内科、腎臓内科と次第に充実した体制になり、大学から派遣される当時の内科の研修医には、研修先として人気の高い時代が続いていた。この専門分化した内科の形態は、県内ならびに関東地区の大学医局からの積極的な支援のもとに成り立っていたが、平成16年度から開始された臨床研修医制度の実施の影響を受け、地方の医師不足の波が当院にも押し寄せた。大学医局の人数減による影響により、徐々に医局から派遣される医師が減少し、呼吸器科、血液内科、代謝内分泌科、循環器科などが一時常勤不在となっていった。
その後、幸運なことに、循環器科2名、呼吸器内科、血液内科、代謝内分泌科には、1名ではあるが、各科常勤体制となり、それぞれ外来、入院診療を行うようになった。現在、院内における各科コンサルトが即時に可能となっている。
2.総合診療内科の状況
かつて総合診療内科は、主に担当が分けにくい場合や、常勤医師不在の分野の疾患を担当する形で存在していたが平成22年より常勤医が不在となった。平成24年に新たに総合診療内科の常勤として筆者が赴任した。翌年には、指導医1人、後期研修医1名が、総合診療内科に赴任し3人態勢となり、年齢的にも若返り、内部にも活気がみられるようになった。その後、色々変遷はあったが、現在指導医2人、専攻医3人(内一人は島田市総合医療センターのプログラムから)5人体制となっている。
総合診療内科の診療は、外来診療、入院診療に加えて、日中、当直における救急当番も分担して行っている。しばしば患者管理のために夜を徹することがあるので、疲労のために業務に支障が出て、判断にくるいも生じる可能性がある。そのため、働き方改革より前から当直の翌日は、できるだけ休みをとれるように配慮していた。また、土日は病棟の担当を当番制として、月1回の当番の日を除いて週末は完全フリーになるようにしている。
3.当院における総合診療内科の役割
当院における総合診療内科が果たしている役割を考えてみると、以下のような役割が挙げられる。
1)不明熱、原因不明の低たんぱく血症などの総合診療内科的疾患の入院治療と外来治療
2)院内の内科以外の診療科からの内科的問題の受け入れ窓口
3)開業医からの内科的疾患の受け入れ窓口
4)研修医の内科研修の場
としての四つの役割が大きい。これらは、どの病院の総合診療内科でも求められる役割であると共に総合診療内科医がその能力を発揮したい役割でもあるが、当院では、それらの総合診療内科の役割が機能する客観的な条件が整っており、総合診療内科の活躍の場が大きい。具体的には、当院は14万人前後の市にある唯一の急性期総合病院であり、総合診療内科の需要がもともと大きいうえ、内科系以外のスタッフが充実し地域全体の医療を担っている関係から、それらの診療科で遭遇する内科の需要も当然高くなる。一方、当院には専門医がいる診療科も専門医の数が少ないため、専門医がいる領域の疾患に総合診療内科医が関与することが歓迎される状況にある。また、各専門外来は充実していて、短い時間で回答が得られるなど専門的意見を求めやすい条件が整っている。総合内科医の重要な能力として、非専門医のレベルで解決して良い問題か、専門医の意見を聞く必要があるかの判断ができることであるが、当院の総合内科医の置かれた状況は、ほぼすべての疾患に対応しつつ、専門医の診察が必要な患者を抽出しコンサルトを行うチャンスに恵まれている環境にある。
こうした当院の環境が、総合内科診療を目指したい医師の集まる条件となったが、同時に、内科研修の場としても絶好の条件を備えていることとなっている。
4.内科研修の場としての総合内科の役割
当院で2年間の研修を行う初期研修医は、8週間の総合内科研修が必修とされ、常に1〜2名の研修医が総合診療内科にローテートしている。そのほかに2年目の選択として総合診療内科を希望する初期研修医が4〜12週の期間ローテートしている。総合内科にローテートしてきた研修医は、専攻医もしくは常勤医とペアで入院患者(10名前後)の主治医となって診療に当たるほか、週1回の日中と夜間の救急対応を担当している。又、総合内科ローテート中は週一日総合外来にて1〜2名の初診患者を常勤医のスーパーバイズのもと診療することで、内科外来の初診患者の診療を経験することとしている。 |
総合診療内科、腎臓内科合同の症例検討会 |
当院の総合診療内科での研修は内科研修で学ぶべきことを研修するに格好の場となっている。内科研修では、まず「主治医として患者さんの全てに責任を持つ」姿勢を学ぶことが重要である。専門分化した内科診療科では、専門領域主体の診療の仕方の研修になりがちであるのに対し、総合診療内科では専門領域を持たない故に、専門領域にとらわれない立場で、患者さんの全体に責任を持つ診療態度を学びやすいこととなる。第二に、あらゆる種類の主訴に対応して、主訴、身体所見から始まって検査を進めていくという診断プロセスを習得することも内科研修の重要なポイントであり、総合診療内科の研修はこの課題を習得する上でも適している。救急での研修も、あらゆる主訴に対応する研修としての役割が大きいが、救急での診療で求められる大きなポイントは、「翌日まで」、もしくは「次の主治医に引き継ぐまで」の患者管理であり、総合内科で求められるものとは大きく異なる。また、内科研修で求められる必要なことに、専門医の力を借りる仕方の研修もある。先にも述べたとおり総合診療内科医には、「自分の受け持ち患者の診療に、専門医の能力をいかに活用できるか」という能力が求められる。総合診療内科ではあらゆる内科的疾患を受け持つため、専門診療科へのコンサルトの仕方とコンサルトした結果を自身の患者で実践することは日常的に行われており、そうした能力(専門医の力を最大限活用する)を学ぶ絶好の場と言える。
このように、当院の総合診療内科は研修医の研修の場として好条件を備えているが、実際に研修の実を挙げる上で、当科ではカンファランスや学会発表を重視している。
内科の診療は、主治医と患者との関係が大切にされることから、診療における主治医の権限が大きい。そのこと自体は個々の患者さんへのテーラーメード医療を実践する上で大切なことであるが、一方で、独りよがりな診療に陥る危険性がある。新入院の症例を中心とした朝のカンファレンスを総合内科で毎日行ない、お互いの症例をできるだけ共有し、議論を通じて他者の目が入るようにしている。さらに、週1回、腎臓内科と共同で入院症例を提示して時間をかけてより広く意見が出るようにしている(写真は総合診療内科と腎臓内科合同の症例検討会)。重要なことは、そこで遭遇した疑問などをそのままにしないで、議論のあと決断していくことである。また、実際の日常診療が忙しいため、深く掘り下げることが難しいのが当院のような病院の宿命であるため、総合診療内科が主体となって、病院内外や医師会にも公開した総合診療内科症例検討会を3ヶ月に一回開催して、一例につき一時間程度の時間を使って深く掘り下げる機会を作っている。これはそのまま学会発表にもつながり、準備をする段階も含めて研修医には症例に対して深く勉強する機会となっていると思う。こうしたカンファランスに研修医には上記の症例検討会にできるだけ参加してもらい、内科診療のおもしろさを知ってもらうように心がけている。
独りよがりな診療にならない上で、学会発表を行うことも大切なポイントである。学会発表をしていくことは、総合内科で議論し実践してきた我々の診療方針について、外部の意見を聞く良い機会であり、我々のレベルアップにつながると考え、地方会や全国的な専門学会も含めて研修医にも積極的に発表を勧めている。現在の課題は、学会発表した症例の中で論文にすることが求められる症例について、論文として執筆することである。査読のある論文として発表する上ではより厳しい批判の目に耐えうる必要があり、より質の高い診療に進む上で必須であると考えている。また、英語論文の抄読会も週1回行い、新しい情報に接する機会を確保している。
当院では、学会出張は、発表がなく参加するだけの場合には年間3回の出張費が支給されている。筆頭発表の場合には回数制限がなく、出張費が100%支給される。
最後に
現在当病院の内科系医師の半分以上は、大学医局と無関係に就職している。今後も病院の医師の確保は医局に頼れない時代が続くので、如何に内科専攻医に良い研修を確保できるかは、病院にとって重要な課題と思われる。内科系の専攻医を確保する上で総合診療内科の役割は大きいが、病院によって総合診療内科の置かれている客観的な状況は大きく異なっているのが現状であり、それぞれの病院の状況に応じた総合診療内科のあり方を考える必要があると思われる。本稿では、当院の総合診療内科の置かれた状況とその中での総合診療内科での研修の実情を紹介した。
令和6年8月21日 記載
総合診療内科長 池谷 直樹
名誉院長 菱田 明
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